虚しくはない
ヤツは苦々しく言った
なんてバカか
こんなこともわからないのか
オレはうつむいた
ビールのジョッキを片手でもってちゃぶ台においたまま
座布団にあぐらをかいたお腹のあたりの暗がりに
目をすえて
そんなこと
わからなくても恥ずかしくはなかった
オレの世界をはみ出したものに
オレは関心はなかったから
でも言われてみれば
たしかにオレはバカで
盾をつくつもりはない
だから顔を上げて
首をこそ縦にふって
それからジョッキを空にして
頭の泉にまで滴ひとつ残さなければ
知性を失くした笑顔ばかりがうかんできて
ひらきっぱなしの襖ごしに
陽気な声で
ビールもういっ杯ってさけんで
それでも
ヤツはどうしてそんな暗い顔ばかりしているのか
気になって
オレはヤツのいないところで真似をしてみた
真似をすれば
オレだけのものを放棄することになり
オレは沈み
ヤツは浮き上がってくる
そういえば
オレの家でヤツと泊まりこみで夏休みの宿題をしたことがあって
そのときいっしょにお風呂に入って
翌日
家族のひとりから
あんたたちの出たあと
お風呂のお湯がまっ黒だった
そうきかされて
暗い顔はそんなところに由来があったのかと
可笑しくなって
冗談はともかく
こんなオレだって膝やひじには赤チンだらけで
汗だらけで
泥だらけで
ひとのことを言えたもんではなかった
オレたちは飲みすぎて
店のひとに車でおくってもらって
ヤツと別れるとき
ヤツは助手席で
暗さのなかで
さよならの一言もなく
さらに暗いまなざしで見下ろして
別れにはふさわしくはなかったが
いいや
むしろふさわしかったのかもしれない
いまはもうヤツは所在知れずで
あれからずっと
オレは楽天的な機能を停止したまま
ヤツを偲び
歩く道すがら
黒い風呂敷でつつんだ怒りを手土産にして携えて
手渡すのを
いつだって待っている
だからこそ
ヤツの存在はこんなオレなんかよりも
鋭利な精彩さにとんで
少しも虚しくはない
この記事へのコメント
ひらひらとさんのトップページの言葉が好きです。
ブログへお邪魔する度読み返しています。
「終止符が襲ってくる」というくだりが面白い!
これからも面白いものを期待しています。
コメントもできていないのにコメントをいただいて、
こちらこそ、はがゆくて申し訳なく思っています。
トップページのことばは以前は頻繁に変えていたのですが、
もう何年かこのまま、
「面白い」と言ってくださって嬉しいです。
コメント、ありがとうございます。
お元気でご活躍の様子がうかがえて、なぜか感激!