断線

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左側が断線したみたいだ。
旋律が流れない左耳が取り残されて、
右耳にとりすがろうとするのだが、
いまこの場で聞こえてくる、
錆ついてぎしぎしきしむ自転車の音や、
繁った葉のこすれあう音や、
小鳥のさえずりや、
行きかうひとの笑い声などが、
生の、
圧倒的な磁力としてわたしを引きとめようとする。

白昼が一瞬に眠りを待つ夜になる。
耳はわけもない予感にびくつき、
背中やわき腹や首はしめつけられて反転する。
目は闇に放たれたてさまよう光に吸いよせられる。
そうして、
しゃにむに夜に浮きあがろうとする。
生の、
そのあがきを、
イヤホ-ンのグニャグニャしたコ-ドで身動きできなくして、
白い錠剤やアルコ-ルや
前夜の睡眠不足の余勢をかって、
官能の波をなだめ、
さけられない二律背反を黒くぬりつぶそうとする。

どこで断線したのか。
どこで右と左をひきさいたのか。
どこで昼と夜をくつがえしたのか。
ブレ-キをかけて自転車を止める。
街路樹の日陰でイヤホ-ンをはずす。
木漏れ日がチラチラ顔にあたる。
ウェス・モンゴメリ-がいまだ脳髄にかぼそいパルスを送り続けている。
その余韻をバイクのけたたましい排気音がおいはらう。
まるで夢から覚めたように、
わたしは左足で地をける。

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