借りて
水をくもうとして
手のひらをくっつけて
お椀をつくると
ピンクと肌色の
ちょうど
夕焼けのなかに
一本の黒い木がたっています
梢の上には煙がかかり
枝のすきまにはなぜか小魚がとびはねて
根っこの周辺には炎がゆらめいています
わたしはすぐわかりました
わたしがお借りしたものはこんなに近くにあったんだってことが
わたしはいつも何かをいただくばかりで
なんの取柄もないのに
返すあてもないのに
なにくわぬ顔でいただいて
それでもあなたはいいひとで
『返さなくていいんだよ』
そう言ってくれます
でも
そうはいきません
もう潮時だと思います
わたしは借りたものをすっかり返してすっきりすべきだって
そう思うのです
うす緑色の葉っぱは重ねてつらねてあなたの日よけの帽子にして送ります
その日の装いにあっていますように
いくつもの枝は格子にして壁の窓枠にしてお返しします
あなたの部屋には
朝は金色の光があふれて
夜には月と星の光がやわらかい闇を青くいろどることでしょう
剥がした樹皮は落ち着いた模様のカ-ペットにして戻します
あなたの裸足にはふんわりしてしなやかでこそばゆく感じてしまうかもしれません
ぜひ受け取ってください
そういえば
リスがいっぴき
枝から枝へとびはねていましたが
とつぜんの発作で地面に落ちて亡くなってしまいました
樹木の近くに穴をほって埋めました
どうぞ気にしないでください
さいごに
この曲がって根深い裸の木
これこそは灰にしてお返します
舗道に純白の花びらにしてしきつめて
あなたの靴音が響くたびに幸運の花吹雪になって舞い上がることでしょう
炎が燃え尽きようとしています
夕焼けと分かつために
灰色の煙がたなびいていますが
たちまちのうちに
煙はひいて
夕焼けばかりになって
やがては
山の端にその赤みもすいこまれ
闇が広がっていくことでしょう
わたしはお椀をふたつに割って空に放り投げます
『これでもう借りはないよね』
でも
そんなつもりで上げて開いた手には
そこで
ふと考えます
括弧に挟まれた
(中略)
そう
ここにはたんなる夾雑物が
あの小魚がとびはねているにすぎなくて
リスだって
土中でひっそり眠っているにすぎなくて
意味なんてありはしないのです
だから
戻ってくるのは沈黙のよどみではないのです
さわやかな初秋の風がまとわりついてくるのです
『ばかだな』
遠慮なんていらないんだよ
いくらでも貸してあげるよ
『そうだね』
わたしは深く考えるまでもなく
貸し借りなんて約束事から解放されて
それでも今度は
わたしこそが貸してあげなければいけないんだよね
ちょっと見にはなにもないけど
気負わなくていい
探せば
きっと何かあるはず
わたしはあげた手をゆっくりおろします
少しだけほっとして
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